
こんにちは、チャイフ(@chaif123)です。
今回は、「いま偏差値が低いこと」は「これから勉強しない」理由にならない、という話です。
キャッチーにするためにタイトルには「偏差値」「勉強」という言葉を使ったんですが、いわゆる学校教育的な・受験勉強的な話に限らず、もう少し抽象的な話です。つまり、「『いま平均値よりも低い位置にいること』は、『それよりも伸ばそうとする行為』をしない理由にはならない」ということを主張しています。
それでは!
ちなみにこの話、stand.fmの限定公開で話しています。
Contents
「偏差値50未満だから勉強しない」は違和感があるはず
勉強に限らない話をするんですが、一度具体の”勉強”に戻って考えてみるとわかりやすいです。
もし「この科目は偏差値50未満だから、勉強しない」と言っている学生がいたら、違和感があると思うんです。もちろん受験勉強的には「得意を伸ばす」に注力することも有意義なんですが、「苦手をなくす」というのも全然やっていいはずなんですよね。
具体例:英語勉強、読書、性格、etc.
他にも具体例を挙げてみましょう。
英語勉強
英語勉強で、わかりやすい評価指標としてTOEICのスコアがあると思います。よくXとかYoutubeとかで「TOEICスコア300点だった私が、1年間ガチで勉強して900点達成」みたいなのを見かけます。もちろん「達成した後に振り返るサクセスストーリー」と見ると生存者バイアスも多少あるような気はしますが、この例で何が言いたいかというと、「現状のTOEICスコアが300点だからと言って、勉強しない理由にはならない」ということです。
何かに秀でている人でも、誰しも未熟だった時期というのはあるはずで、「自分はその過程にいるだけで、伸びしろはある」と考えて進んでいく方が建設的です。成功者をみては「才能があった」だとか「成長速度が違う」だとかでやらない理由を用意するのは簡単ですが、そもそも他者と比べる必要がなくて、「自分はどうしたいか?どうありたいのか?」だけを考えればよいと思うのです。
読書
次は僕自身の例なんですが、読書に苦手意識があったんですよね。活字を読むとどうも目が滑ったり、集中力を保てなかったり、内容が頭に入ってこない、続かないというような感覚がありました。
今も苦手意識はありますが、少しずつ解消されています。どうやって苦手を解消したかというと、後から振り返ると「苦手かどうかとかいいから、つべこべ言わずに読む」「慣れの問題」でした。「活字に目を走らせる練習をした」という感じです。
「読書が苦手なんです」って口に出して発音してしまった瞬間から、「自分は読書が苦手な人間だ」とラベリングをしてしまうことになります。
これは読書に限った話ではありません。「早起きが苦手」「人と話すのが苦手」「プレゼンが苦手」「アイディア出しが苦手」すべて僕が過去に1回以上言ったことがあることです。「XXが苦手なんですよね〜」と言った後には、無意識に(だからできなくても仕方ないよね)(できなくても許してほしい)(これ以上、やらせようとしないでくれよな?)と予防線を張るような意図があります。恐ろしいことに、「自分はXXが苦手」そう口をついた瞬間に、「その苦手に対して向き合うことを放棄してしまっている」のです。無意識に。
自分の可能性を狭めるだけで建設的ではないこのワード、「XXが苦手」はほぼ禁句にしてしまった方がいいとすら思います。
もちろん、共同体での共同タスク進行における期待値調整や適切な役割分担のため、スキルセットを共有するという意味で「できないことをできないと伝える」のが必要な場面はあります。しかし、個人で完結することにネガティブな自己評価を下し、評価するだけでなく(無意識に)「それをやらない予防線」にしてしまい、自己成長の機会を自ら奪うことはあまり善いことには思えないのです。
性格
この話は、スキルや習慣的な方向だけでなく、性格にすら当てはまります。
突然話が変わりますが僕はラブライブ!オタクでして、「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品で主人公の高海千歌を演じる、伊波杏樹さんという声優さんがいます。伊波さんは元々、どちらかというとネガティブ思考というか、リスクを重視してしまうような傾向があったそうなのですが、作中のキャラクターで明るい性格の高海千歌を演じているうちに、だんだんとポジティブ思考になっていった、とラジオで話されていたことがありました。
余談ですが、ラブライブ!というコンテンツは2.5次元と言われるように、アニメのアフレコという限定的な場面だけでなく、ラジオやイベントや生放送のコーナーなどさまざまな場面で「そのキャラクターならどう考えるか?」と考えることが多いコンテンツと言えるため、よりこの「性格が変わる」ということが起きやすかったのではないかと考えられます。
話を戻します。要は、「自分はこういう性格だ」と決めつけてその性格で振る舞うだけでなく、(仮にその性格を直したいと考えているのであれば)「理想とする性格を演じる」と、「いつの間にかその性格になっていく」ということを起こし得るという話です。「ほんまかいな」と思いますが、個人的には伊波さんという実例(n=1ですが)を聴いてしまった以上、信憑性はあります。
逆に言うと、先ほどの苦手と同じで「自分って(性格的に)こういうところがあるんですよね」と口に出してしまうと、悪い意味での諦めと同義になり、変化は訪れないとも言えます。
健康
健康も同じです。
Xとかで「半年間ガチで筋トレしたらこうなった」「半年間ガチでダイエットしたらこうなった」というのをよく見かけます。TOEICと同じです。
「早起きは苦手」「お酒やめられないんだよね」のように、「不健康な生活を送っている自分を認める発言」をすると、変わりません。過去どうだったかというビッグデータはどうでもよくて、「早起きにチャレンジしてみる」「お酒を減らしてみる」というのを、今日始めるか、始めないか、それだけなのです。
金銭感覚
もう具体例はお腹いっぱいかもしれませんが、言ってしまえば月にどのくらい貯金するか、とかの金銭感覚も同じです。
「いま貯金が少ない」はただの事実であって、「これから貯金していく」をしない理由にはならないって話ですね。
「これからどうするか」しかない
色々具体例を挙げたんですが、どれも抽象的なレベルでは同じです。過去がどうあれ、セルフイメージがどうあれ、「これからどうするか」しかない、って話なのです。
その苦手を「苦手なままでいい」と諦めるなら話すことはないのですが、「苦手をなくしたい」と心のどこかで思っているのであれば、「苦手なんだよな」というのは心で思っても口にはせず、「これからどうするか」を考えて向き合っていくことでしか現実は変わっていかないのです。
苦手に取り組む武器は意識ではなく習慣化
とはいえ、「偏差値が低い」「苦手である」と自覚していることに向き合うのがモチベーションが上がらないってこと自体はめちゃくちゃ理解できます。「僕自身、苦手なんだよな」と思っている読書に向き合っていくのは正直だるいです。逃げたい。TOEICも苦手で、でもスコアを上げたいので勉強しているんですが、多少勉強しても全然スコアに反映されなくてやってて「おもんない」と思ってしまうこともあります。
そこで僕たちが持っている唯一にして最大の武器が、習慣化です。「意識」とか「モチベーション」のような曖昧なものに頼らずに、仕組み化して習慣化してそこに時間(リソース)を使っていく。これしかないと思うのです。
習慣化のコツは枚挙にいとまがないですが、「毎日やる」「誰かに宣言する」などですね。このブログでも習慣化についてはいくつか記事を書いているので興味があれば読んでみてください。
いわば全部「練習」なんすよ
スポーツをやったことがある人ならわかると思います。最初から上手くできた人はいません。ある程度できるようになってきても、何か「苦手」はあるはずです。それを「苦手だから」で練習しないと、いつまで経っても苦手は解消されません。
だから「練習」するんです。何事も練習です。勉強も、読書も、性格も、考え方や価値観すらも。相手に感謝を伝える練習をすれば、自然と相手に感謝をできるようになっていくのです。すぐ「でも」「だって」と言うのではなくて「うん、確かに」と言うように心がけていくと、「確かに」が口癖になっていくのです。
苦手を改善できた理想の姿を今日から演じる
あなたが「コレ苦手なんだよな〜」と思っていることはなんでしょうか?スキル、習慣、性格、ステータスなど、なんでもアリです。その中で、「できたら改善したいよな〜」と思っていることはありますか?それの理想の姿、つまり「改善できた姿」をイメージして、その姿を今日から演じてみましょう。
ウェルススペクトルの赤→オレンジに上がる課題に「スタンダードを決める」というのがあります。自分の中での基準は「自然とできていくもの」ではなくて、「先に決めて、そこに追いついていく」ものなのです。
現状や過去は気にせず、「どうありたいか」に目を向けてみましょう。
それでは。
チャイフ
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