京大大学院卒の僕が大学1回生の自分に言いたいこと

こんにちは、チャイフ(@chaif123)です。

ふと思ったことがありました。

チャイフ
大学生やり直してぇ……………………………………………………………………

と。Re:ゼロから始める大学生活したいです。いや、強くてニューゲームしたいです。

一応前置きしておくと、大学生活は総括としては充実していました。サークル活動で学んだことや身についたこともあるし、そこで出会えた人々との繋がりは今も続いていて、かけがえのない資産だと言えます。しかし、学生としての本業にももっと時間を使えばよかったなぁ!!と正直思ったりします。

ということで今回は、「大学1回生の自分に言っておきたいこと」という形式で教訓をまとめておこうと思います。

それでは!

人生の夏休みたる大学生活で、何をするのが”正解”か

大学生活は人生の夏休みだ

と喩えられることもあります。短大で2年、大学院進学含めて6年などのパターンもありますが、多くの人が4年間の期間が与えられます。

その長い長い期間で、何をするのが”正解”なのでしょうか。ひたすら勉強・研究をしてもいいし、サークル活動に打ち込んでもいいし、海外留学や世界一周などもできるでしょう。

もちろん”正解”…というのはそもそもありませんし、人によって”正解”は変わります。しかし重要なことは、卒業後の人生でこれだけ自由に使える時間が大量に与えられることは大学卒業後はほぼない、ということです。そしてもどかしいのが、「卒業後」を経験していない大学生のほとんどは、それに気づけない、ということです。

学費を親に出してもらっている場合は特に大切に時間を使うべき

世の中には、大学に通うための学費を学生自身が捻出している場合もあります。「高校までは面倒を見るが、大学以降は自分でなんとかしろ」という家庭の方針の場合などです。その場合は、どうしても学業以外の時間をある程度バイトに投じざるを得ないでしょう。

一方、学費を親に出してもらっている場合もあります。僕もそうでした。「学費は出すが一人暮らしの家賃は子供に出させる」など、細かな違いはあるかもしれませんが、親に学費を出してもらって通える大学生活ほどリッチな時間はありません。時間の価値がとんでもなく高いです。

高校生までのような不自由さはなく、社会人ほどお金の心配をしなくていい、こんなゴールデンタイムは二度と来ません。

4年間で240万円、1日あたり2,500円の学費をどう見るか

  • 京都大学の入学費は282,000円
  • 1年分の授業料は535,800円
    • 4年間の学費は535,800×4 + 282,000 = 2,425,200円
  • 入学費を1ヶ月分に落とし込むと、282,000/48=5,875円
  • 授業料を1ヶ月分に落とし込むと、535,800/12=44,650円
  • 合計すると5,875+44,650=50,525円です
  • 土日は授業がないので、1日あたりの授業料は50,525/20=2,526円です。

※(計算の思想については大目に見てください。)

ここで何が重要かというと、4年間で約240万円、1日あたり2,500円の学費の対価としてその時間と環境を享受している…という事実をどう捉えるか、ということです。

大学生としての時間がいかにリッチだったかは、卒業してから気づく

社会人としての時間は、仕事をしたぶんお給料をもらっていますので、消費した時間に対して、お金という明確な報酬があります。それでも「貯金が貯まらない」「やりたい仕事が見つからない」などの悩みを抱える人がほとんどですが。

一方、大学生としての時間は、過ごした時間に対して、お金がもらえるどころか払われています。授業に出て学びを得て1日を過ごしても2,500円。夜までゲームをして、夕方に起きて1日が終わっても2,500円が支払われているのです。書いてて悲しくなってきました。

しかし、大学時代はそれが当たり前になってしまっているので、「大学時代の時間がいかにリッチだったか」に気づくのは、それを失った社会人になってからなのです。

結論、「大学生活ですべきこと」に”正解”はありません。しかし、今自分たちが享受している時間が、人生でトップレベルでリッチな時間である、という自覚をもっておくことは重要だと思いますね。

大学1回生の自分に言っておきたいこと

さて、現実的な話をかなりしてしまいましたね。大学時代の時間がいかにリッチだったか、貴重だったか、ありがたかったか、大切に使うべきだったかを書き連ねました。ここからは、改めて僕が思う「大学1回生の自分に言っておきたいこと」を述べていきたいと思います。大きく分けて4つあります。

意識して興味を持って勉強をしろ

第一に、意識して興味を持って勉強をしろ、ということです。

僕が京大に入って間もない頃、京大の単位の取りやすさについて先輩方からこんな話を聞きました。

  • 東大は単位が落ちている(しゃがむ=ちょっとしんどい)
  • 阪大は単位が埋まっている(穴を掘る=かなりしんどい)
  • 京大は単位が降ってくる(手をかざす=めちゃラク)

もう10年近く経過して大学の方針も変わっているかもしれないので、今は違うかもしれませんが、当時はそうでした。

つまり、学問の本質的なところを真に理解しなくても、要領よくやれば単位を取れてしまうのです。いつの間にか、その学問がどのように使われるのか、どこが面白いのかなどの視点はほとんどなく、単位を取るために授業に出てしまっていました。

テストで点数を取るだけの”知識”は時間が経つと忘れてしまいますが、その学問や知識がどのように使われるのか、どこが面白いのか、といった”知恵”は時間が経っても残り、活かされていくものです。

もちろん興味というものはコントロールできるものではないのですが、一歩踏み込んだ内容に興味を持つように意識できればもっとよかったなと思いますね。

一般教養の授業をもっと取れ

第二に、一般教養の授業をもっと取れ、ということです。

専門科目とは別に一般教養科目というものがあり、パッと思いつくだけでも、たくさんの面白そうな授業がありました。

心理学、睡眠科学、言語学、哲学、デザイン、etc. …

卒業してからそれらの学問の情報を得ようと思ったら、Google検索をするにしてもある程度面倒ですし、セミナーや講義があったとしても申し込みが必要かもしれないし、受講料が必要かもしれないし、現地まで移動する必要があるかもしれません。

一方、大学ではシラバスから検索して、受講するコマに追加するだけで、あとは毎週授業に出れば良いです。一律の学費内で、質の高い授業をいくらでも受けることができます

卒業要件を満たすように単位を取るのではなく、少しでも興味がある授業を受講し、少しでも真面目にインプットするように努めておけば、現在の選択肢が広がったかもしれないし、価値観が豊かになっていたのかもしれません。

「京大に入っただけ」では人生の選択肢は増えない

第三に、「京大に入っただけ」では人生の選択肢は増えない、ということです。

大学入学当時の僕は、大きな勘違いをしていました。

京大に入学すれば、ある程度働く選択肢が増える。

これは、半分正解で半分不正解です。

少なくとも言えることは、「京大に所属している」ことで、その他の大学に通うよりも大学生活での選択肢は増えるとは思います。他の大学に行ったことがないから比較ができないのですが、「自由の学風」と言われているだけあって、色々なことができるそうです(めちゃめちゃ曖昧)。

一方、京大を卒業したあとは「京大卒の称号を持ったただの社会人」です。オーラもなければ後光も射しません。

大学卒業後に人生の選択肢を増やしてくれる要素
  • 大学で何を成したか
  • 大学で何を学んだか

高校3年生当時、卒業式で担任の先生に言われました。

大学に入ることは、ゴールではなくスタートだ

月並みな言葉なのかもしれませんが、真理だと思います。人生においては、大学生活で何をするかが、今後の人生に大きく影響する。そして悲しいことに、先生の言葉の真意は、高校3年生の僕たちには10%も理解できていなかったのだと思います。

3回生になったら“なんちゃって就活”をしろ

第四に、3回生になったら“なんちゃって就活”をしろ、ということです。

理系学部に所属していた自分の周りでは、大学院に進学するのは当たり前でした。3回生になっても、やるべきことと言えば院試の対策くらいでした。

そんな中、”なんちゃって就活”をしている人がクラスに数名いました。

“なんちゃって就活”とは
基本的には大学院進学をするつもり。ただ一応就活はしてみて、とても魅力的な企業があれば4回生で卒業に切り替える、という作戦

僕は当時、サークル活動に没頭していたこともあり、大学院に進学することはほぼ確定なので、就活なんてする意味がないと思っていました。

しかし、今では言えます。一度でも就職活動というものを経験していると、世の中が違って見えるということを。

いくつもの企業が様々な課題解決に取り組んでいること。各企業に求める人材・人物像があること。それに自分が見合っているのか?そもそもどこかに就職するのではなく起業という選択肢はないか?など、様々なことを考えます。

「まだ就職をしない」という選択をして大学院に進学した者と、その経験をせずに大学院に進学した者とでは、その後の過ごす時間での経験値が変わると思います。

1回生の僕へ。騙されたと思って、3回生になったら“なんちゃって就活”をしてくれ。

サークル活動を通してコミュニティを作れたのはよかった

いかがでしたでしょうか。

今回挙げた4つは、主に「やらずに後悔していること」です。一方、やってよかったこととして、サークル活動を通してコミュニティを作れたのはよかったと思っています。平たく言えば、友達ができたことです。

今でもたまに旅行に行ったり、リアル脱出ゲームに行ったり、ボードゲームをしたり、テニスをしたり、ただメシを食べに行ったりできる仲間がいる、というのは素晴らしいことだと思っています。過去の自分に感謝しています。

また最近、京大卒メンバーで運営するブログメディアを立ち上げました。「京大生ならこう考える」というのをモロに発信していこうと思っています。別に数式とかは出てきません。

https://furaben.com/

こちらの記事で書いていた通り、「京大卒」というラベルを利用してやろうという一環かもしれません。

【エッセイ】京大卒の僕が”京大卒”と言いたくない理由

2021.08.28

こんなふうに、社会人になっても、いろんなものをおもちゃにしながら遊んでいきたいですね。

それでは。

チャイフ

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