こんにちは、チャイフ(@chaif_123)です。
中学時代、ある数学の先生が担当していたテストで、僕は「100点を超える点数」を獲得したことがあります。
当時の僕にはただ「嬉しい」くらいの感覚しかありませんでしたが、大人になった今、この採点方式がいかに画期的で、人のモチベーションを上げるものだったかを見ていきたいと思います。
それでは!
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数学は得意科目だった
僕は小学生時代にそろばんを習っており、準初段の資格を持っています。(ドヤ顔)
その影響もあってか算数は得意な自覚があり、中学校に入学してからの数学も、徐々に得意科目になっていきました。
僕が通っていたのはいわゆる進学校で、中間テストや期末テストが主な評価指標となっていました。毎学期末には学年全体での順位が出るため、みんな必死でテスト勉強に励んでいましたね。僕は半分、点数を競うゲーム感覚でやってたフシもあったと思います。
「正解」の先にあるクリエイティビティを評価する採点方式
そして、ある数学の先生が作ってくれるテストの採点方式には、ある特殊なルールがありました。それは、「別解に対して加点してくれる」という方式です。
通常、数学のテストは「答えが合っているか」が重要視されます。部分点があるにせよ、基本的には100点満点という上限(ゴール)に向かって、いかに減点を減らすかという減点方式の思考になりがちです。
しかし、その先生は違いました。単に「答えを埋める」だけでなく、「答えを求めるまでのプロセスを理解していること」や「複数のプロセスを発想できること」を高く評価してくれたのです。
例えば、ある証明問題や計算問題に対して、授業で習ったオーソドックスな解き方のほかに、別の公式や視点を用いた解法を書き添えると、それが「別解」として認められ、本来の配点にプラスアルファの加点がなされました。その結果、100点満点のテストでありながら「108点」といった、枠に収まらないスコアを出す生徒が現れるのです。
これはまさに、僕が以前に書いた「人生における“遊ぶ(independent)”」の体現だったのではないかと感じています。決められた型にハマるだけでなく、自分のアイディアでプラスワンの価値を加えること。それが点数として認められる環境は、中学生の僕たちにとって、単なる「勉強」を「知的な遊び」へと変えてくれる画期的な仕組みでした。
「ちゃんと見てもらえている」という実感がエンゲージメントを爆上げする
当時は「加点がもらえてラッキー」くらいに思っていましたが、改めてこの体験を分析してみると、そこには「強い承認欲求の充足」が隠されていたことに気づきます。
別解を評価してもらえるということは、採点者が僕たちの答案用紙を隅々まで読み込み、思考の軌跡を追い、その独創性を認めてくれたという証拠です。これは単に○か×かをつける作業ではありません。生徒側からすれば、「自分の考えのプロセスを、ちゃんと見てもらえている」という深い安心感と喜びにつながります。
この「ちゃんと見てもらえている」という感覚は、ビジネス的な表現を使うと「エンゲージメント(engagement)」の向上に直結します。
エンゲージメントとは、「深いつながりを持った関係性」を示す言葉です。例えば「従業員エンゲージメントの向上」は、従業員が組織に対して愛着や貢献意欲を深めることを意味し、企業の業績向上にも寄与する重要課題とされています。
あの数学のテストにおいて、僕たちの”エンゲージメント”は間違いなく爆上がりしていました。
- 先生が自分の思考を理解しようとしてくれている(信頼・安心)
- 努力や工夫が「加点」という目に見える形で報われる(成長・成功体験)
- もっと面白い解き方を見つけたいと思える(知的好奇心・主体性)
このように、仕組みによって「見られている実感」を作り出すことは、人の内発的な動機付けを強力に後押しするのです。
もしも評価側の立場になったら、”工夫”をも評価していきたい
世の中には、結果至上主義の組織やコミュニティも多いでしょう。ビジネスの世界であれば、最終的な売上や成果物で判断されるのはプロとして当然の側面もあります。
しかし、もしあなたが「誰かを評価する立場」にいるのであれば、この「別解加点方式」がもたらした効果を思い出してほしいのです。
- 結果(WHAT)だけでなくプロセス(HOW)にも光を当てる: 答えが合っているのは前提条件として、その「辿り着き方」にその人の独自性が眠っています。
- 「減点」ではなく「加点」の余白を作る: 満点からの引き算ではなく、標準以上の工夫に対してプラスする仕組みは、挑戦する勇気を与えます。
- 「個」として向き合う: マニュアル通りの評価ではなく、「その人ならではの発想」を拾い上げることで、相手の自己肯定感と組織への貢献意欲は劇的に高まります。
僕は今、プロジェクトマネージャーとして仕事をしていますが、メンバーに対しても「指示通りに動くこと」だけを求めたくはありません。基本的な「規律」を守った上で、その先の「遊び(余白)」の部分でいかにその人らしさを発揮してもらうか。そしてそれを僕がどう「発見(キャッチ)」して肯定できるか。
あの頃、数学のテスト用紙の余白に必死で別解を書き込んでいた時のワクワク感を、今の仕事の現場でも再現していきたい。
「100点満点の正解」を出すだけのロボットになる必要はありません。自分なりの「別解」を模索し、それを面白がってくれる人がいる環境こそが、僕たちの人生を「自由」で「豊か」なものにしてくれるはずですから。
それでは。
チャイフ








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